西尾砂利線について調べてみました。
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西尾砂利線 路線がはっきりしていなかったので、現在の地図と合わせて推定してみました。
(路線図については、多摩地域史研究会 第17回大会「多摩の鉄道史」(2008年7月6日に開催)発表要旨の「拝島駅を巡る鉄道史」三村 章氏(青梅鉄道資料調査会)の中の図「2つの砂利軌道」で「西尾組砂利運搬軌道」(西尾砂利線)として掲載されております。)
西尾砂利線 (2010年2月)
拝島方を望む

五日市鉄道との交差部を過ぎて、拝島停車場通りを渡る。住宅地に入ると区画整理のためか、線路跡は分からなくなる。(松原町4丁目) 緑街道を渡った地点(緑町5丁目)の写真である。 ここからは路線図に合う道が再び現れる。上記文献にも「西尾組軌道跡」として写真が掲載されている地点。(右側が石垣ではなくなっている)
拝島三小南交差点付近 拝島方を望む

上の道をそのまま行くと拝島三小南交差点に行きつく。ここまでは正しいように思う。
路線図ではこの後、拝島停車場通りを渡り、緑町4丁目に入ったあと西側に曲がっている。このような道は確認できなかった。
さらに南側の信号のある交差点付近 多摩川方を望む

拝島停車場通りを渡る交差点付近である。 拝島停車場通りから分岐し南に行く小道があるが(写真中央右寄り)、この道は関係ないようである。
路線図では、この交差点付近を渡り(写真とは反対側へ)さらに新奥多摩街道を渡り、拝島三差路の少し北側を通過し、都営拝島団地に入っている。このような道は確認できなかった。
昭和19年の地図を見ても路線跡に一致する道は確認できなかった。
多摩川 砂利採取場付近

河原に錆びた構造物があり、砂利採取の遺構かと思っていたが、看板のようなものの残骸かもしれない。