しばらくして、あのおっさんのように走っている自分がいた。
赤いジャージを着ながら…。
走りながら、毎日見ているこの世界の夕日はとても美しいと思っている。
今日も水神森に夕日が沈む。 (前回の訪問記→
水神森3の続き)
毎日走ってはいるが、あのおっさんのようにスピードアップしていないことに気が付いた。このままでは、この世界を脱出することはできないかもしれない。
ある日、「水神杜」の旧駅名標があるホームの裏側に行ってみた。あれっ、犬がいるな。「よしよし、お前も神の手を持つ誰かに作られたんだね。」 それにしても人なつっこい犬だ。 あっ、思い出した。この犬は子供のころ家で飼っていた犬だ。あるときから行方不明になって探していたのだ。「コロ」という名前だった。こんなところにいたのか。
「私も元の世界では行方不明になって、私をさがしているのだろうなぁ。」
早く戻らないといけない。しかし、このままではいつ戻れるかわからない。
急にコロが袖口にかぶりつき引っ張ってきた。「ついてきて」と言っているようだ。コロの後をついて行って到着したところは踏み切りを渡った反対側にある駅のホームの裏であった。そこには、草むらの下に錆びついたレールがあった。廃線跡か?駅のホームの跡か何かだろうか。
コロはまた、どこかにつれていきたいようだ。コロについていくと、築堤を発見した。JRが高架でないころ、高さを稼いでJRの線路を跨ぐ線路があったようだ。
コロは道路の前のビルの中に入って行く。今度はどこに連れて行ってくれるのだろう。階段を登って行き、屋上に出る階段室に祠があった。あの赤ジャージのおっさんが言っていた祠だろう。屋上に出てみた。空が広がっていい気持ちだ。屋上から水神森駅とその付近を見下ろしてみる。築堤の先が今の線路につながっていたことがよくわかる。
彼方から赤い電車が走ってきた。この世界ではじめてみる電車だ。 えっ、どういうことだろう。その列車は、水神森駅には入線せず、築堤を登ってこちらに上ってくるではないか?空中に目に見えないレールがあるようだ。
ビルの屋上はいつも間にか駅のプラットホームになっていた。屋根がないただプラットホームだけの駅で駅名標には「水神杜」と書かれている。
電車は、ホームの前で停車した。赤に白いラインが入っている電車だ。プシューという音とともにドアが開いた。コロは、ドアから赤い電車の中に入っていった。私も続いて乗り込むとドアが閉まり電車が発車した。
電車は、どんどん空へと登っていき加速している。宇宙空間に出て行く勢いである。後ろを振り返ると、今までいた水神森駅の周辺が異次元空間に浮遊している方舟のように見えた。あの駅は異次元空間を結ぶ軌道の間にあるスイッチバック駅のような駅なのかもしれない。さらに電車は加速している。意識は遠くなってくる。
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気が付くと立派な祠の前に立っていた。水神様のようである。元の世界に戻れたのだろうか?
そばにコロはいなかった。コロは過去に戻るために私より後に電車を降りたのかもしれない。昔、コロは行方不明になっていたが、しばらくしてどこからか戻ってきたことを思い出した。
ふと、視界に赤い人影が入ってきた。あっ、赤ジャージのおっさんが走っている。急いで追いかけてみた。赤ジャージのおっさんは、赤い疾風の如く走り去り、追いつくことはできなかった。
あの赤ジャージのおっさんも赤い電車に乗っていたのだろうか?もしかすると、赤い電車は赤ジャージのおっさん自身だったのかもしれない。
周囲を見渡すとそこには小さな駅があった。私鉄の駅のようだ。駅名は「○○水神」とのことであった。
赤ジャージのおっさんが走っていった方向にしばらく歩くと、今度は「水神森」という名前のバス停を発見した。
JRの駅も近くにあった。私鉄の終端駅もあったが「水神森」という駅名ではなかった。
どうやら元の世界に戻ってはいるが、少し違ったところがある世界に来てしまったようだ。パラレルワールドというものだろうか? この周囲を除いては、元いた世界とほとんど変わらないようであった。
調べてみると「水神森」という駅名の駅はなかったのであるが、昔、都電の停留所としてあったようだ。歴史が少しづつ変わっているのだろう。
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しばらくたったある日、電車に乗っているとある駅でこのような看板を発見した。
どこかで見たような気がする。 とても懐かしい気がした。 多分、あの水神森駅で見ていた看板であろう。 でもなぜ離れたこんなところにあるのだろう。何かのつながりがあるのかもしれない。
また、心の片隅にあるものを追い求めてみたい気持ちになった。
この駅の看板をしばらく見つめ続けていた自分がいた。
続き(水神森5)
2007.6 水神森
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(この物語はフィクションです。水神森駅は実在しません。(念のため))
水神森駅は、H.Kumaさんが
「終端駅のセクション」で製作された駅(模型)です。
(今回使用した写真は私が撮影したものです。)