福生駅から敷設された「もうひとつの砂利線」の続きです。
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福生8 (もう一つの砂利線2)
福生駅から多摩川の河原まで敷かれた「もう一つ砂利線」について、やまいも様から下記のような貴重な情報をいただきました。ありがとうございました。
「”福生不動尊由来記ー福生市本町の歴史”橋本孝蔵著、宗教法人:福生不動尊刊(S63.6.25)内の年表によれば「大正9年4月、明治神宮造営のためのトロッコ線敷設の権利を、村尾春吉氏が取得。路線は、福生駅から小学校裏を通り、長沢を経て、宮本橋から、かに坂下の河原までの区間(小型手押しトロッコ線)。」とありました。」
トロッコの線路は宮本橋を渡り、かに坂公園まで続いていたのですね。
中間点から終点付近の現地に行ってきました。
中間点付近の蛇行部分
前々回の記事の蛇行部分である。 多摩川(終点方)を望む。
蛇行しているのはちょうどこの付近に”祠”があるからかもしれない。
奥多摩街道 加美交差点

線路は蛇行部分から南側に折れずそのまままっすぐ行き、奥多摩街道とは加美交差点付近で交差していたようである。
宮本橋

線路は宮本橋で玉川上水を渡っていたらしい。
宮本橋を渡り上流側を望む

宮本橋を渡ったあとは、玉川上水の横の道を上流側に敷かれていたのだろう。
かに坂公園の駐車場の横

かに坂公園の駐車場の横を行く。
かに坂公園入口

線路は、かに坂公園の入口を通って、かに坂公園に向かっていたのだろう。
かに坂公園

入口付近の林から「かに坂公園」を望む。
多摩川

かに坂公園から多摩川を望む。この辺が砂利採取地であろう。
「もう一つの砂利線」の謎が解けました。 やまいも様、H.Kuma 様、ご協力ありがとうございました。
福生駅 2009.12 イルミネーション
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福生10 (もう一つの砂利線4)